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マイレオニー主催 『レオニー』 完成披露試写会レポート

2010年4月3日、赤坂・草月会館の草月ホールで、マイレオニー主催による一大イベント「レオニー」完成披露試写会が行われました。この試写会はマイレオニーのサポーターとお約束していた、特典の対象となる方をご招待して開催したものです。マイレオニーブログ編集長 shiori が取材してまいりましたのでレポートをお届けします。

当日、桜はジャスト満開。そして前日まで寒波が来ていたにもかかわらず、お天気は晴れ。マイレオニー斎藤弘美代表いわく、映画撮影中何度も体験したという快晴を呼ぶ「レオニーマジック」はこの日も健在で、撮影は終了したものの何がどうなるのか未定だった昨年中に、この日の草月ホールを押さえてしまった代表らの神業にも脱帽しました。



草月会館は、エントランスを入ると目の前にイサム・ノグチが創造した石庭の傑作、その名も「天国」が威容を誇っています。その地下の草月ホールで、イサム・ノグチの母を描いた「レオニー」の試写会が開かれることに運命的なものを感じるのは、私だけではないでしょう。


ロビーにお花が続々と届きました。
ありがとうございました。


賛同人で、2008年12月の
マイレオニーイベントに出演していただいた
西村由紀江さんからもお花が。


「レオニーが海で泳ぐシーンは秀逸」と槙坪監督



スタッフ集合は朝9時。受付、誘導、販売などの各チーム、ゲスト対応、司会、照明、取材など様々な分野に分かれての入念な準備には余念がありません。




物販スタッフの皆さん。


パネル展の準備をする皆さん。

早々と受付で待たれていたのは、松井監督が通った豊洲小学校6年4組の担任だった松村怜子先生。「松井さんは優秀な生徒でね。特に国語は抜群でしたよ。家が近かったので、お正月などはいつもうちに来てくれて、おコタでミカン食べたりしてました(笑)」。



そんなアットホームなお話を伺ってしばらくして到着した我らが松井監督は、黒いレース仕立てのジャケットにゴールドのタイトスカート、ピンクゴールドのハイヒールパンプスというセクシーな装い。それに黒いコートをフワッと羽織っての登場は、監督というよりまるで女優。眩しかったです。



試写第1回の前に、マイレオニー創立期の事務局を務めた三田朱美さんの司会、つづいて斎藤代表の挨拶があり、その後、監督の挨拶が。
「今日ご来場の皆さんにはじめてお伝えできるビッグニュースがあります。つい先日『レオニー』の配給会社が角川映画に決定しました。公開は今年11月です」と語り、開場は大歓声に包まれました。



試写終了後は監督の前に長蛇の列ができ、目頭を押さえる人、監督と抱き合う人、手を握って離さない人など、感動の様が遠くからでも伝わってきます。

2009年、自閉症児を描いた映画「星の国から孫ふたり」を製作した槙坪夛鶴子監督は、「大変感動しました。素晴らしいシーンがたくさんありました。特に、母親の死を知ってレオニーが海で泳ぐシーンは、私もまったく同じことをしたことがあるので、さすがだと思いました」。車椅子の槙坪監督と手を握り合う松井監督の目に涙が。



ホールの前のスペースでは、マイレオニーの全活動を示すパネル展も行われていました。
試写後のアンケートに記入していただいたり、パネル展を見ていただいたり、いらしてくださった方々は大忙しだったことと思います。



「ヨネ役は一生忘れない」と獅童さん



第2回目の試写中、松井監督の第1作『ユキエ』、第2作『折り梅』の頃からのおつきあいだという北海道から訪れた月刊『福祉』の取材も。パネル展を背景にインタビューを受ける監督が、試写会場から漏れる『レオニー』の音楽に、「これを聞くと頭がレオニーになっちゃうから切り替えなきゃ・・・・・・」とつぶやいたのが印象的でした。



試写が終了し、松井監督の挨拶後、日本滞在中のレオニーの女中ハルを演じ、自身が劇団「ふくふくや」を主宰する劇作家で女優の山野海さんが和服で登場。「ふくふくや」の芝居を見て、ハル役にピッタリだと即決したという監督のお話も。



続いて、現在公演中の「歌舞伎座さよなら公演」の舞台から駆けつけたヨネ役中村獅童さんが舞台挨拶。「嫌な奴であるヨネを、監督から口説かれて、しかも僕の好感度がもっとも悪い時期に演じることになって、この役は一生忘れません」と笑いを取るあたりはさすが千両役者。

映画の感想を、ドイツから来日しているファッションデザイナーのイゾルデ・リッチリーさんにも聞きました。「素晴らしい映画ですごく圧倒されました。外国人として日本に来ていて、それは他の外国人もみんなそうだと思うけれど、あの当時の日本の男女のルールとか女性としてのしきたりとかの大変な雰囲気が伝わってきて、今は2010年なのだけれど、外国人女性が日本に住むのって大変なことなんだなあと思いました」


プロデューサー伊藤勇気さんのご友人たち。
左端がイゾルデさん。


忙しく移動中。
エレベーターを使わずパンプスを脱いで裸足で階段を駆け下りる松井監督。


「祖父の代から親しいイサムの母の映画に感動」と勅使河原茜さん

6時半スタートのパーティーでは、いつのまにか黒いイブニングドレスにお召し替えの松井監督はじめ、これまたグレー地のシックな訪問着に着替えた斎藤代表、ゴールドのワンピースの谷岡理香副代表と黒いジャケットを脱いでシルバーのタンクトップ姿になった藤原淳子さんが、“金さん銀さん”コンビなどと言われながら、挨拶に司会に大活躍。

獅童さんが登場してスピーチすると、その後は彼を囲んで会場は撮影会状態に。



草月流家元の勅使河原茜さん(マイレオニー賛同人)からもスピーチが。祖父で草月流創始者の勅使河原蒼風氏がイサム・ノグチと親しかったことからイサムの作品「天国」が常設されていることに触れ、
「『レオニー』完成、本当におめでとうございます。イサムさんとは祖父の代から交流があるので、拝見していて感動で胸が熱くなりました。草月流の支部は全国にありますので、これからばんばん宣伝していきます」と頼もしいお話。

ステージでは次々とお祝いのスピーチが続き、マイレオニー賛同人でNPO法人JKSK理事長である木全ミツさんは、松井監督の偉業の陰に、息子でありプロデューサーを務めた伊藤勇気さんの尽力があると力説。私がインタビューして先月のブログに掲載した「伊藤勇気プロデューサー ロングインタビュー」から、勇気さんの母に対する思いを引用し熱く語ってくださいました。



途中、『レオニー』アソシエイト・プロデューサーの藤原淳子さんが作成したマイレオニーの歩みを描く10分ほどのスライドを上映。ナレーションは名古屋の放送局の元アナウンサーで、ラジオのパーソナリティーを長くされていたご主人が担当。彼のユーモアたっぷりの名調子ぶりに、私たちは笑いっぱなし。気がつくと監督はじめサポーターさんたちはスライド近くの床に正座で座り込み、みんな前のめりになっているのでした。

「マイレオニーのこれまでの活動がわかるスライドがあるといいなって、言いだしっぺは私なので自分で作ることになっちゃって(笑)。夫にナレーションを頼み、スタジオで録音。作るのに1ヵ月かかりましたけれど、みんなが喜んでくれてよかったです」と藤原さん。

「公開されれば日本が変わるきっかけになる」と深津さん

手伝ってくださった30代前半の若いスタッフにも、映画の感想を聞いてみました。

下藤裕子さんは、「監督の生き方、レオニーの生き方、自分の生き方・・・を重ねて観ていました。ドキュメンタリーみたいだなって思いました。『レオニー』にかかわって、もの作りの楽しさを味わうことができて感謝しています」

野村洋二さんは、「ポイントポイントでかかわってきたので、日の目を見られたのが嬉しいし、今日も参加できて楽しかったです。レオニーの生き様を見て、平凡な人生は退屈だっていう彼女の台詞があったけど、あ、そうだな、自分から動いていかないといけないな、と言われたような気がしました」

榎真江さんは、「女性の生き方として、自分ならどうするだろうと思って観たら泣きそうになりました。100年前の話だけれど、日本人目線で見ると今も変わってない部分ってあると思うんです。同じ立場になったら自分はできるかなと思ったり、時々泣きそうになったり。身近に感じて時代を越えて共感できました」


左から下藤さん、野村さん、榎さん。

「レオニー」のエグゼクティブ・プロデューサーで、株式会社プリズム社長の深津修一さんにも伺いました。
「よくここまで来れたと思います。何も実体がない時からお金を集め出しちゃって(笑)、『思えば通ずる』を目の当たりに。思い続けていると奇跡が起こるんですね。点が線に、線が面になって行く。松井さんの目的の明確さ、その思い入れの強さに感服しています。素晴らしい作品に仕上がっているので公開されれば日本が変わるきっかけになるでしょう。そして、この作品のスケール感は海外に誇れると思います」



モエレ沼公園の建築にイサムとともにかかわった建築家の川村純一さん、筝曲家の京子さんご夫妻、高松で『ユキエ』の頃から松井監督を応援している藤田浩子さん、その他にも何人かの方々のお話が続き、角川映画の野村営業本部長が登場して「今日から僕もマイレオニーの一員です」と話すと、会場は大賑わい。大盛会の中パーティーはお開きとなりました。


高松の藤田浩子さんと涙ぐむ松井監督。

いらしてくださった方々、松井監督、ありがとうございました。
かかわってくださったすべてのみなさま、お疲れさまでした。


勇気さん、斎藤代表を囲んで。

私たちは今日をさらなる旅立ちとして、11月に公開される「レオニー」が世界中の多くの方々に観ていてただけるよう、気持ちをリフレッシュして羽ばたいてまいりましょう。                                              (shiori)


 

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Comment
2010/04/12 2:49 AM posted by: shiori
Marikoさん、コメントありがとうございます。
ブログも素晴らしいですね。監督との出会いにもインクロニシティが・・・。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2010/04/10 8:26 PM posted by: Mariko
素敵な試写会でした!
あらためまして、おめでとうございます。

ブログにも先ほど書かせていただきました。
http://ameblo.jp/teradamariko/entry-10505095816.html

公開に向けて、これからの展開も楽しみにしておりますね。
2010/04/10 10:32 AM posted by: tomoko
あ!松井監督がコメントしてくださってる!
なんだかドキドキ・・・(笑)
松村先生、82歳ですか!素敵です。
松村先生との出会いは監督の宝物ですね〜。
他にもマイレオニーサポーターには素敵な先輩が大勢いらっしゃるなぁ・・・と、試写会の時思いました☆皆さんのパワーが監督をしっかり支えているんですね。
2010/04/09 8:18 AM posted by: 松井久子
tomokoさん

なんか遅い反応でマヌケなようですが…
私が12歳のとき、松村先生は30歳。

つまり18歳違いということは…御年ことし82歳!(先生、ごめんなさい)
それがあの若々しさと美しさですよ!

先生ご夫妻とは毎年はじめ、新年会と称して、何があっても必ずお会いし続けてますが、お写真見ればその理由がわかるでしょ?

新居さ〜ん
わたしも愛してますよ〜☆


なぜ先生とお会いし続けてるか、わかるでしょ?
2010/04/09 7:08 AM posted by: wakki
>新居裕美子さん

4月3日いらしていただいたんですね!
新居さんには、2007年12月にこのブログで
応援メッセージをいただいてたので
よく覚えています!
これからも一緒に応援していきましょうね!
2010/04/08 8:39 PM posted by: 新居裕美子
東京から引っ越して、淡路島に住み、人生に落ち込んでいる時に、偶然立ち寄った会場で「折り梅」に出会う、こんなに泣いた映画はありません。それにも増して松井監督のお話に感動して後ろの席から一番前に移動して「この人の話は聞き逃してはいけない」と思いました。この時から、私の人生が変わりました。そして「レオニー」ではエキストラで参加させて頂き、この度は試写会と祝賀会にも参加させて頂き、人生で最高の日となりました。松井監督が大好きで〜す!これからも応援したいと心から思いました。本当に素敵な映画「レオニー」の完成おめでとうございます。
2010/04/08 4:51 PM posted by: shiori
tomokoさん、そうなんですよ!
松村先生は「試写会に主人と行きたいと言ったら、松井さんは主人にも招待状を送ってくださって・・・、でも主人が風邪を引いたので代わりに妹と観ます」と嬉しそうでした。
小学校の先生とずーっとキープインタッチしてるってすごいなあと感動しました。
そういうものが作品に出てますよね☆
2010/04/07 10:19 PM posted by: tomoko
松井監督の小6時の担任が、教え子である監督(60歳をいくつか超えてらっしゃいますよね)の試写会に足を運んで、shioriさんの取材に応えてくださるなんて!
監督が心の真ん中のところで大切にしているものが分かるような気がします。

素晴らしい試写会でした。
映画「レオニー」の持つ力に圧倒され
これからも応援し続けようと、思いを新たにしました。
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