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イサム・ノグチ庭園美術館 開館10周年記念シンポジウム「イサム・ノグチが遺したもの、未来への贈り物」レポート(後編)
去る11月15日に東京・草月会館ホールで行われた、
高松のイサム・ノグチ庭園美術館のオープン10周年シンポジウム。
レポート後半をお届けします。
前半はこちら



当日販売されていた庭園美術館の図録(撮影:篠山紀信)の冒頭には、
イサム・ノグチのメッセージ「未来への贈り物」が掲載されていました。


--------------(以下引用)


未来への贈り物

今月、79才の誕生日を迎えることになり、日に日に思いを強くしています。
四国の寄寓の地に庭園を作ることでそのお祝いをします。
それは、未来への贈り物であり、又、私の母を庇護して下さった方々や
私に幼年時代の歳月を与えて下さった方々への贈り物でもあります。
価値あるものはすべて、最後には贈り物として残るというのはまったく本当です。
芸術にとって他にどんな価値があるのでしょうか。


1983年11月7日
イサム・ノグチ


--------------(引用終わり)


イサムの母、レオニー・ギルモアが主人公の映画「レオニー」は2010年公開。
このイベントも、そして映画も、ひょっとしたらイサムからの
“未来への贈り物”なのかもしれませんね。

では、第二部のレポートです!
第二部は「イサム・ノグチに学ぶ」。
現在活躍中のデザイナー、アーティストがイサムの魅力を語りました。

建築家の谷口吉生(よしお)さんは、
イサムの彫刻には“敷地がある”と評しました。
「彼は空間を造形する人ですね。彫刻そのものよりも周りを気にしていた。」
また、生前のイサムと交流があった谷口さんは、女性と遊ぶことが大好きだったイサムのエピソードとして、来日時に当時の人気ディスコ“夢幻”で夜遅くまでハシャぎすぎて、門限のあった宿の裏から忍び込んで部屋に帰ったという武勇伝(?)も聞かせてくださいました。

1992年のイサム・ノグチ展を担当した日大芸術学部教授の高橋幸次さんは、
ロダンなどの写実的な近代彫刻とイサムの彫刻の比較をするとともに、
イサムの彫刻に敢えてアンチテーゼを立てる形でユニークな芸術論を展開。


商品のパッケージデザインやCIなどのデザインで活躍中のグラフィック・デザイナー佐藤卓さん(イサム・ノグチと三宅一生さん、安藤忠雄さんがNYで設立構想を練ったアートスペース「21_21 DESIGN SIGHT」のディレクターでもあり、今回のシンポジウムのポスターやフライヤーデザインも担当)。「最初、この草月会館の入り口の“あかり”がイサムの作であることを知りませんでした。自分の20代は、絵画や彫刻といった芸術からは意識的に離れ、パンクだとかテクノだとかそういう方向に興味を持っていました。それが、10年くらい前からようやく、自分がいいと感じるものと、イサムさんが“全てつながっている”ことがわかってきました。イサムさんと同じ時間にいた人がうらやましい。僕のような、イサムさんに会ったことのないクリエイター世代は、イサムの遺してきたものをどうやって伝えていくかを考える時代に来ていると思います。」と、現在の、イサムのシンプルな中にも斬新なデザインに関心を示す若い世代を代表するようなコメントを述べられました。


プロダクトデザイナーの深澤直人さんは、「人には“好きなカタチ”というものがあり、それを探し出せるかどうかにつきるのではないか」と、デザインの本質についての論を展開。「イサムは、“ヒトの好きなカタチ”を生体的にわかっていたのではないか。自分の好きなカタチを作り続けた人ともいえます。」


演出家の宮本亜門さんは、20代の頃、マーサ・グラハムのクラスでダンスを習っていたエピソードからお話してくださいました。「マーサのクラスといっても、彼女は、レッスン会場をちょこっと通りすぎて指導していくだけの、手の届かないような存在。でも後に、イサムがマーサのステージの舞台装置を担当していたと聞いて、同じ日本人としてとても誇りに感じたことを覚えています」。イサムについての文献を読み進めながら感じたことは「彼は2つの国に所属していたため、人はみな違うということがわかっていて、俯瞰で見ることができた人。人が好きであるのと同時に、自分が好きだったのでしょう。庭園美術館に行ったとき、空間の使い方に驚きました。地球を彫刻した男といわれますが、彼は宇宙を彫刻していたのかもしれません。」


日米芸術交流プログラム代表のジョージ・コーチさん。英語と日本語を交えながらもわかりやすく穏やかな語り口で、私たちマイレオニーの参加メンバーの中でもにわかファン(?)が数多く誕生していました。「イサムの作品にはHomeがあり、Confortがある。大学でイサムの作品を学びはじめたとき、当時はポップアート全盛で私自身あまりイサムの作品が好きではなかった。しかし年を重ねるごとにその魅力にとりつかれました。自分が物事を考えるとき、とりわけ、困難な状況を乗り越えようとするときに、イサムが教えてくれた3つのことがあります。1つ目は、アイデンティティ。2つ目は、グローバリズム。3つ目は“Play”遊ぶことです。彼は複雑な出生の事情から、常にアイデンティティの危機を感じ、自分を定義する闘いにさらされていた。彼の作品が持つメッセージは、、人と違う視点を持つことはいいことだが、グローバルな視点を持とうということです。」
また、イサムが、作品についてある人から「この作品はどういう意味を持っているのですか」と聞かれたとき、こう答えたそうです。「あなたの子供に聞いてください」と。「彼は常に人の“Play”を刺激する作品を作り続けました。それは、私自身に娘が生まれ育てたときにわかった気がしました。」


最後にコーディネーター(司会)の新見隆(にいみりゅう)さんが、「一般的に芸術は、縦に作っているものは人体=西洋、横に作っているものは庭=東洋、という考え方がある。イサムは社会の因習に徹底的に苦しめられたからこそ、縦も横も飛び越えた自由な、好きな楽しみ方で作品を作った人。それがモエレ沼公園などに現れています。」という話でしめくくられました。


第三部「未来への贈り物とは」では、美術評論家の酒井忠康さん、そしてイサム・ノグチ日本財団理事長で石彫家の和泉正敏さんがしめくくりと会の運営に携わった方々への感謝を述べられて、お開きとなりました。



 


 

| wakki | 映画 『レオニー』 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
2009/11/28 3:34 AM posted by: shiori
レポート、堪能しました。
こんなにイサムについて学べるとは!
豊かで濃いレポートに感謝の気持ちでいっぱいです。

“私の母を庇護してくださった方々”の末席に連なる存在として、マイレオニーを強く意識しました。
イサムがそういう感覚を持っていたと知ることができて嬉しいです。
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